カリスマコラムニストに学ぶ文章の書き方-[読書ノート]小田嶋隆のコラム道

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コラムニスト小田嶋隆氏の文章術の本であり、本書自体もコラムとして書かれているので読んでいても楽しい。

コラムは情報を伝えることが目的の文章ではなく、文章そのものに意味があると著者も本書で主張しているように、この本は速読や斜め読みには適さない。

コラムを書きたい人だけではなく、魅力ある文章を書きたい人には小田島氏のコラム本と合わせて読んでほしい。

もちろんブログを書くのにもとても役に立つ内容ので、ブログの文章をもっと磨きたい人にも向いている。

反対に情報伝達を目的とした「新聞記事」や「研究論文」のような文章の書き方を学びたい人には向かない。

「新聞記事」や「研究論文」のような文章を書くには、「文章から贅肉を削り取るテクニック」や「論文から雑駁な要素を排除するテクニック」が必要となるが、コラムというものはそういった情報を伝える文章の真逆にあるものものだからだ。

コラムを書くということは、画家がキャンバスに絵を書いたり写真家がフレームに風景をおさめるのと同じように、限られたスペース(短い行数)の中で「世界観」や「主張」などを言い切る作業である。

つまりコラムというものは芸術性が高い文章なのだが、絵や写真とそうであるように、芸術性を発揮する前に基本的な心構えや技術を身につけないといけない。

ではコラムを書くにはどのような心構えや技術が必要なのだろうか?

 コラムを書くために必要な能力は根気である

まっとうな文章を書くには、文章に論理的な矛盾がないかをチェックする注意力・推敲を繰り返し文章を仕上げる根気・いったん書いた文章を捨てて書き直す胆力が必要である。

語彙やイマジネーションや言語能力よりも大切なのはコツコツと文章を書くという根気である。

根気がいる書くという作業をいやいやがまんして耐えるのではなく、楽しんでできる人だけがコラムニストになることができる。

当たり前のこどではあるが、文章を書くことが好きであることが必須の条件というわけである。

 モチベーションをコントロールせよ

たくさんのアイデアを出してもアイデアはなくならない。

アイデアを出し続けることでアイデアは増えていく。書いている途中にも増えていく。

アイデアはなくならないがモチベーションはなくなることがある。

書きすぎて疲労が溜まったときはもちろんだが、長い間書かないでいるとによってもモチベーションは枯渇する。

書くというモチベーションを持続するためには、書く時間や量を習慣としてルーチン化しておくことが大切である。

 書き出しにはこだわるな

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書き出しにこだわるあまりに文章が書けなくなってしまうことがある。

そんな場合はおもいっきりダサく書き始めるか、紋切型の書き始めでいいのでとにかく書いてしまうことである。

ある程度のところまで文章の流れを作ってから改めて書き始めを考えるか、それでも思いつかなければ最後まで書いてしまって一番フレーズを冒頭に持って行ってもいいのである。

 どこに着地しどんな余韻を残すかが問われる

コラムの結末は、できることなら「印象的な一行」を書くいて終わりたい。

結末は本文とは違った作品であるというぐらいの気概で取り組まないといけない。

コラムの結末で大切なのは印象であり、その印象を残す結末のために「伏線を仕込む」ことも時には必要である。

最初のうちはスベっても構わない、チャレンジし続けないといつまでもうまくなれない。

 文体とは「文章のスタイル」のことである

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「文体」は「奥義」でも「極意」でもない。文章のスタイルである。

文章のスタイルは人にもともと備わっているものであるり、習得するものではないのであまり意識する必要はない。

意識するべきことは主語であり、主語(私・僕・俺など)によって文章のニュアンスは自ずと決まってくる。

フォーマルで理知的な「私」、カジュアルで感情的な「俺」、そしてその中間が「僕」となる。

それぞれ漢字でもひらがなでもカタカナでも構わない。

 推敲の必要性

何度も読み返しながら文章を書いているのに推敲が必要なのは、「書くための脳」と「読むための脳」が乖離しているからである。

推敲をするためには、「書くための脳」から「読むための脳」に切り替わる時間が必要なのである。つまり頭を冷やす時間だ。

書くための脳は「独創的」で読むための脳は「常識的」であり、この「独創」と「常識」の葛藤の中で文章は生まれていく。

文章がどんどんと書けるときは途中で読み返さずに一気に書いたほうがいいが、そのように書かれた文章は「独創的」すぎて人に伝わらないことが多い。

そんな時こそ時間をおいて頭を冷やしてから推敲するべきである。

推敲するときはパソコンの画面ではなく、純粋に読むための視野を提供してくれるプリントアウトした紙の方がいい。

 初心者はどこから取り組めばいいか

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文章を書くには「創造」と「描写」が必要である。

「創造」とは「書くべき内容を思いつくこと」「オリジナルなアイデアを案出すること」であり、「描写」は「頭に浮かんだアイデアを書き写すこと」である。

初心者は「描写」から始めるのが効果的である。

「描写」は「技巧」であり、「技巧」を身につけることによって書くことが楽しくなり、それが繊細な創造への道を開くのである。

「描写」の訓練で最適なのは要約をすることである。対象はテレビドラマでも映画でも構わないが、自分で決めた長さに要約することがコツである。長さは40字、600字、2000字、4000字ぐらいのパターンで繰り返し書くのがいい。

 おわりに

書くことが好きでないと文章を書き続けることができない、というのは間違いなくその通りだと思うし異論を挟む人もいないだろう。

私もブログを書き始めて感じるようになったが、文章を書くということは本当に骨が折れる作業である。

頭のなかに浮かんだアイデアの原石を磨いてつなげて、一つのまとまった文章にするには相当の時間と手間がかかる。

文章にしたあとも推敲に推敲を重ねて書き直し、場合によっては文章すべてをボツにしたり。

しかしそれでも書こうという気持ちが出てくのが不思議だったが、本書の「文章は、思考の足跡を書き残すことで、思考の到達距離を広げるツールである」という文章を読んで、私が苦労しながらも文章を書く理由の一つが分かった気がする。

つまり頭の中でフワフワと浮かんでいる思考を、書くという行為でつなぎとめてそれを足場にしてさらに思考をつなげていく、という行為を楽しんでいるのである。

書くことによって自分の思考が少しずつではあるは広がっていると実感できるのである。

文章を書くことにこういった楽しみがあるということは新たな発見であった。

できることならこのようにして生まれた私の文章を、多くの人に楽しんで読んでもらいたと思う。

そのためにも、魅力ある文章を書けるようになりたいと改めて感じたのであった。

by isopiii

 

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