自己啓発本に啓発されなくなったのはなぜか?

「媚びない人生(ダイヤモンド社、Kindle版)ジョン・キム 著」の読書ノート。
このところ、自己啓発の本を読んでも「自分が成長するワクワク感」が得られなくなっていたのだが、その理由がわかったような気がする。

自己啓発本に啓発されなくなったのはなぜか?

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社会人になってから数多くの自己啓発の本を読んできた。読書の強者のように、何百冊ということはないが、それなりの冊数にはなると思う。

自己啓発の本は読むたびに発見があって、読むだけでも気持ちが前向きになるので、行き詰まった時や、精神的に疲れてちょっと立ち止まりたいときに何度も助けられた。
ところが悲しいことに、このところ自己啓発の本を読んでも、以前のような自分が成長するワクワク感が得られなくなってきたのである。
「成長したい」「より良い人生をおくりたい」という気持ちがなくなってきたわけではなので、ちょっとしたスランプのようなものかと思っていた。

しかし、先日参加した立花岳志さんのセミナーで、参考図書として紹介があったジョン・キムさんの著書を読んだところ、スランプという単純なことではないことがわかった。

  立花岳志:僕が尊敬するプロのブロガー
  ジョン・キム:作家、元慶應義塾大学大学院 特任准教授

読んだのは「媚びない人生」と「時間に支配されない人生」の2冊。

 

「媚びない人生」のテーマは、他人に振り回されず自分の人生は自分でコントロールしなければならない、というもので、そのためには、内面(感情・思考・言葉・行動)を鍛える必要があると主張している。
「時間に支配されない人生」も表現は違うが主張されている内容はほぼ同じだ。

「媚びない人生」では『絶対不可侵領域としての自己』、「時間に支配されない人生」では『絶対不可侵の時間』がキーワードとして語られる。どちらも魅力的な言葉である。

最初に断っておくと、この2冊はとても良くできた自己啓発の本である。「媚びない人生」は、ジョン・キムさんが慶應義塾大学のゼミの最終講義で語られる「贈る言葉」がベースになっていということもあり、学生が読んでもためになる自己啓発の本である。なので自分だけではなく、息子にも読ませたいと思って、改めて本を購入したぐらいである。(僕はKindleで読んだので)

しかし残念なことに、そのような本を読んでも「自分が成長するワクワク感」は戻って来ることはなかった。だがこの本を読んで気がついたことがある。それは、書かれている内容は「新たな発見」ではなく、「今までの人生の中の出来事の再認識」だということである。

だから読んでいてつまらなかったかというと、まったくそんなことはなくとても興味深く読むことができた。「出来事の再認識」なのになぜ興味深く読むことができたのか? それは、僕の潜在意識下にある知識を、「言語化」することによって目に見える形に顕在化してくれたからである。

このところ、自己啓発の本を読んでもワクワクしなかった原因はここにあるのだと思う。つまり自己啓発の本に書かれている内容に発見がないのだ。それは、僕の経験の中に前例があるからかもしれないし、今までに読んだ自己啓発の本の中に書かれていることと類似のことであったからかも知れない。いずれにしても僕にとっての「自己啓発の本の鮮度」が落ちてしまったのである。

それでも読み続けていたのは「あるある感」があったからだろう。「あるあるネタ」は面白いからね。

はたしてこの現象は、もう十分に知識は得たので自己啓発の本から卒業していいよ、ということなのか、それとも加齢による感性の鈍化によるものなのか?
できることなら前者であって欲しい。

おわりに

本を書ける人と書けない人の違いは、潜在意識下にある情報(あるいは知識)を、「言語化」という手順を踏んで顕在化できるか否かにあるのではないかと思う。
人は誰しもある程度の経験を積めば、1冊の本にするぐらいのネタは獲得できるのだろうが、それを「言語化」することに興味がない人が大半で、興味があってその上、その「言語化」する能力を持っている人は、ほんの一握りの人たちだけなのだろう。

学んで獲得できるならなんとしても獲得したい能力である。

今日はこのぐらいで。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
それでは、またお会いしましょう。(by イソヤマシンヤ)

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