モチベーションがなければ、生産性は上がらない

最近では、「仕事を効率よく仕上げて早く帰宅しろ」と云うことはやめた。
だって本人が心からそう思わないと、生産性の向上なんて無理だから。

2013 10 17 23 14 33

週末に本棚を整理していたときのこと。

たまたま目についたのが、本田直之さんの『レバレッジ時間術』だったので、パラパラと見てみると、なかなかいいことが書いてある。

なので一気に再読してしまった。

付箋が貼ってあるので、ポイントだけであればあっと云う間に読み返せるのだ。

この本は2007年に発行されたので、今から5年前の内容になるのだけど、まったく古びていないというか、僕たちはそのころからまったく変わってないのじゃないかな。

何を云いたいのかというと、この『レバレッジ時間術』は生産性について書かれているのだが、この本を読んだ翌日に、僕の好きなブログで立て続けに生産性に関する記事がアップされていたのだ。

そのブログは、「ちきりんの日記」「つぶやきかさこ」「脱社畜ブログ」の3つで、最初の記事はちきりんさんので、それを受けて「つぶやきかさこ」のかさこさんと、「脱社畜ブログ」の日野瑛太郎さんが記事を書いたという時系列。

そしてそれらのブログを見て僕がいま書いている。(これらのブログとは知名度が致命的にちがうけど)

「ちきりんの日記」は、日本のホワイトカラーの「生産性の欠如」を指摘している内容で、抜粋するとこんな感じ。

日本って「生産性」という概念があるのは、工場の中だけなんじゃないの? それ以外のところ、メディアにも公的部門にも、さらには民間企業のホワイトカラー(管理)部門から営業まですべてにわたり、

「この人たち、もしかして生産性っていう概念を全く持たずに働いてる?」

と思えて、びっくりさせられたことが(過去3年間の間に)何度もあった。

「生産性の概念の欠如」がたぶんもっとも深刻 – Chikirinの日記

「脱社畜ブログ」は、「生産性を上げても、給料が上がるとは必ずしも言えない」という内容。

「生産性を上げたから、給料も上がる」という理屈は、生産性向上による組織への貢献が、正しく給料に還元される仕組みがあってはじめて成り立つものだ。そして、日本の組織の多くは、こういう人事評価の仕組みを備えていない。

「生産性の概念の欠如」はなぜ起こるのか – 脱社畜ブログ

「つぶやきかさこ」では、大型台風という時事ネタとからめて「10年に1度の大型台風のなか、通常出勤を強いる企業は生産性の概念が欠如している」という論調。

ところが日本企業や日本の社畜には生産性の概念がない。
生産性なんかよりも台風だろうが出社する根性と犬死精神が大事なのだ。
だから台風だから無理して出社せず、混乱を避けてらくらく通勤するような社員は、
会社の輪を乱す不適格な人材とみなされる。
たとえ仕事の成果で何倍も貢献していたとしても。

「生産性の概念が欠如」。だから台風でも通常出社しようとする : つぶやきかさこ

3人とも、おなじ生産性について書いているのにもかかわらず、切り口にそれぞれの著者のカラーが現れていて面白い!

ゆえに人気ブログなのだろう。

ブログの記事に著者の顔が見えてくるというか、読み手が期待する通りの論調というか。

これらのブログの「生産性」に関する結論なのだけど、並べるとこんな感じ。

「ちきりんの日記」は、豊かになるには生産性を上げなければならない。
「つぶやきかさこ」は、生産性の概念(時間コストの意識)を持てば働き方が変わる。
「脱社畜ブログ」は、生産性を上げた人を給与面で評価しないと、人は生産性を上げる気にはならない。

となっている。

では僕はどう考えるかと云うと、「生産性を上げるモチベーションがなければ、人は生産性を上げようとはしない」である。

しかしながらあらかじめ断っておくと、このフレーズそのものは『レバレッジ時間術』の受け売りである。

「脱社畜ブログ」の結論に近いが、僕はモチベーションは給与以外にもあると考えてる(もちろん給与が最も高いモチベーションであることに違いない)。一般的な会社では、個人的に生産性を上げても直ぐに給与には反映しない。

というか「ちきりんの日記」にあるように、ホワイトカラーの現場では生産性を高めることを評価の対象に入れていない。

ならば、生産性を上げて創出した時間を自分のタメに使えばいいのだが、そういったモチベーションを持っていのじゃないかな。

それが問題だと思う。

たとえば、「早く帰宅して家族と過ごす時間を増やす」「資格や英語のための勉強の時間にあてる」「マイクロビジネスを立ち上げあげる」などなど。

こういった自分のための積極的に時間を使う目的があれば、積極的に生産性を上げることに取り組み、労働時間の短縮にもつながると思うのだけど。

「飲み会」や「家族が病気」のときなどは、早く仕事を終えて帰ることができる人も、ふだんの日はデットライン さえ決めずに仕事をしている事が多い。

家に帰って晩酌して風呂に入って寝るだけなら、生産性を上げて労働時間短縮する努力なんかしないよね。

なので生産性を上げることに取り組まないのは、会社がそれを評価しないことと、生産性を上げて時間を創出しても、積極的に時間を活用することがない、というモチベーションの欠如が問題であると結論づけたのだけど、みなさんはどう思うだろうか?

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