『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』森達也(著)

森達也さんの『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』は、書評を書くだけで炎上しそうなアブナイ本なのです。

2013 11 10 23 59 06

著者の森達也さんはドキュメンタリー作品を制作されている監督さんで、オウム真理教を扱った映画『A』や『A2』、書籍として出版された『A3』が有名です。

本書『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい〜正義という共同幻想がもたらす本当の危機』はタイトルが長くて400ページ近くある分厚い本ですが、内容はとても興味深いものです。

内容はほんと炎上覚悟のものばかりで、死刑制度、領土問題、鯨、ハンセン病、9.11、原子力、冤罪、連合赤軍、日本軍、第9条となっています。

僕は自分のブログを炎上させる気はないので、この本の紹介として「死刑制度」についてだけ紹介します。

ある死刑制度を話し合うシンポジウムで、高校生による死刑制度についてのレポートが発表されました。

そでまでこの高校生たちは、死刑制度について疑問や関心を持っていなかった、というか罪を犯した人が死刑になるのは当然のことと考えていました。

しかしレポートを作成する過程で、被害者遺族やかつての冤罪死刑囚、教誨師(きょうかいし)や元刑務官と合って話を聞きながら少しずつ意識が変わります。

いきなり死刑制度に反対を唱えるわけではないですが、心が揺れ動くのです。

そしてそのような心が揺れ動くレポートを発表したところ、会場から

「被害者の人権はどうなるのだ!」という声が響き渡ります。

僕も加害者の人権を尊重するということには抵抗を持っているのですが、

森達也さんは明快に「加害者への人権の配慮は、被害者の人権を損なうものではない」と言い切ります。

加害者の人権と被害者の人権は対立するものではないと。

また、死刑制度に反対するなら「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」という問いかけには、当事者と非当事者では意見が違ってあたり前と言います。

当事者には当事者の、非当事者には非当事者の考えがあると。

そして非当事者にも関わらず、当事者ぶった意見をいう人には不遜だと言います。

また、死刑制度が被害者遺族のためにあるのなら、天涯孤独の人が殺された場合は罪が軽くなってもいいのか?

と逆に問い詰めてくるのです。

これ以上書くと危なそうなのでここまでで止めますが、その他のテーマについても一般的に言われていること(つまり副タイトルにある共同幻想)に対して反対の立場を取ります。

たとえは「少々の領土を譲っても、無用な争いを避けられるならそれでいい」とか。

とにかく危険だけど興味深い本です。

「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい―――正義という共同幻想がもたらす本当の危機

きょうの雑録

この本に書かれていることに対して賛成なのか反対なのかは、人それぞれの考え方や立場によって違うと思いますが、こういった発言が炎上せずに冷静に話し合えるようにしたいですね。

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