本を死蔵するぐらいなら断捨離すべき

本を読めない状態で保存することと、捨てることは同じことではないだろうか?

それであれば、死蔵すののはスペースの無駄なので、積極的に断捨離するべきだと思う。

 蔵書

僕は月に4~5冊の本を読むので、1年だと50冊ぐらいの本がたまる。

なので毎年年末には、本棚を整理することにしている。

本棚の整理の方法はシンプルで、「これから読む本」と「再読する本」を本棚に残して、それ以外の本を書庫に移動させるだけ。

書庫と言っても、寝室のベッド下のスペースだし、本棚もリビングにある小さな本棚だけど。

しかし、リビングの本棚から寝室に本を移動しようとすると、昨年移動させた本がじゃまになる。

だから、そのスペースを空けるために本の断捨離を行うことになる。

毎年この季節の本の断捨離は、この数年の続けている。

断捨離をするまでは、段ボール箱に本を入れて、押し入れや物置に片づけていた。

しかしそのように片づけた本は二度と見ることはない。

本を蔵書として活用するには、本棚にすべての本が見える状態で収納しなければ意味がない。

そうしないと、必要なときに本を手に取ることができないから。

本は背表紙が見える状態で保管してこそ活用ができるのだ。

だから、段ボール箱に入れて残しておいてもなんの役にも立たない。

そうであれば、廃棄することとはそれほどの違いはないのではないだろうか?

そのように考えるようになってから、積極的に断捨離をするようになった。

それまでは、せっかく買った本を捨てるのはもったいないという気持ちがあったが、いまではそのような罪悪感もほとんど感じない。

ため込むより処分する方が、すっきりと気持ちいい。

「好きな作家の本」「資料として役立つ本」「印象に残ってる本」が残す本の基準だ。

この残す基準を満たさない本は基本的に捨てる。

これが僕の断捨離のルールだ。

「いつか役に立つかもしれない本」はキッパリと捨てるようにしている。

タイトルを見ても、内容がまったく思い出せない本もあるが、そのような場合は再読するかどうかを判断して、再読する気にならなければ捨てるのも大事なルールだ。

不思議なことに、1年前に読んだにも関わらず、中身が思い出せない本は以外と多い。

きょうもこのようにして、今年買った本と同じ分だけ断捨離した。(正確には電子書籍は場所をとならいので、その分だけ少ないのだが)

本当に必要な本以外は毎年捨てるので、手元に残るのは自分にとって必要な中身の濃い本になる。

作家や評論家のように、大量に陳列した蔵書の本棚の前で、インタビューの写真を撮ることもないので、最小限の密度が濃い蔵書で十分である。

しかしそのようにして厳選した本も、めったなことでは取り出すことはない。

それがが悲しい。

きょうはこのぐらいで。
それではまたお会いしましょう。

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