これから山を登る人にかけるひと言

これから山を登ろうとしている人に、その山の厳しさを教えてあげるのは、親切なことなのだろうか?

上り坂

大阪と奈良の間にある生駒山を越えるルートのひとつに、多くのハイカーが集まる人気のスポット、「暗峠−くらがりとうげ」がある。

その「暗峠」でハイキングを楽しんでいたときの話だ。

大阪側から登って峠を越え、奈良側へ抜けて半分ぐらい下ったところで、小学校の低学年ぐらいの子供を2人つれた女の人に出会った。

彼女たちは奈良側から登ろうとしているらしく、すれ違いざまに 「暗峠までどのぐらいですか?」 と声をかけられた。

僕はそのとき、あまり深く考えずに「峠は、いま見えている山を2つ越えたところで、まだずいぶんと先ですよ」と答えた。

彼女は「ありがとう」と言って子供をつれて登っていった。

いま思い返すと、僕はとても残酷な答えをしたのではないかと後悔している。

峠までは、見えている山を2つ越えないといけなくて、まだまだ道のりがあったとしても、もう少し優しさがある答え方ができたはずだと。

小さな子供を2人つれた女の人に、これからの道の厳しさを伝えることが親切なこと、だったのかと。

さぼてん

人生の先輩として、自分の子供や後輩たちがこれから歩む道に、アドバイスをしたくなることがある。

たまにはアドバイスを求められることもある。

そんなとき、馬鹿正直に人生の厳しさを説いたところで、そんなことには何の意味もない

嫌でも、彼らはその厳しい坂道を登らないといけないのだから。

その坂道を「どう思うのかは」彼らの問題であって、僕の受け止め方と違うのだから。

これからの道のりの厳しさを言いたくなるのは、自分が頑張ってきたということを自慢したいだけなのかもしれない。

そこをぐっとこらえて、彼らに勇気を与える「楽しかったこと」を伝えるというのが、人生の先輩としてやるべきことなのだろう。

きょうの雑録

これから山道を登ろうとしている人に伝えるべきことは、上り坂の厳しさではなく、その厳しさの中にある「楽しさ」であったり「やりがい」や「達成感」ではないでしょうか?

坂道を登る人に勇気や元気を与えることが、先を行く人達の義務なのだと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA