「くだらない」という人がくだらない

くだらないものに対して、声高に「くだらない」と言ってもなにも変わらない。

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テレビのニュースがくだらないと嘆く人がいる。

バラエティ番組の芸人がつまらないと言う人がいる。

週刊誌が低俗だ、NHKの偏向報道がひどい、新聞は嘘ばっかり書いているとフェイスブックに書き込む人がいる。

嫌ならば見なければいいだけ。

「つまらないもの」や「くだらないもの」に対して、声高に指摘してもなにも変わらない。

「つまらない」「くだらない」と言いながら見る人がいる限り。

「くだらないもの」を見るのは「くだらない」人間だ。

「くだらない」と声高に言うことは、自分が「くだらない」人間だと言っているのと同じことだ。

「自分が目にする情報の質は自分自身の質」という言葉がある。

Amazonや楽天のようなウェブショッピングサイトで使われているレコメンド機能〜「この商品を買った人はこんな商品も買っています」と表示されるやつだ〜と同じように、人には、その人が関心を持つ情報が集まってくる。

レコメンド機能に表示されるものが、その人の嗜好を示しているように、集まってくる情報はその人の生き方や価値観を示している。

だから、自分の周りに集まってくる情報や、自分の目につく情報に満足できないというならば、日々の生き方を見直さなければならない。

きょうの雑録

STAP細胞を発見した久保方さんの報道に「低俗なゴシップ記事ばかりだ」と嘆く声が多くありました。

「研究成果をもっと詳しく報道してほしい」という意見もありました。

でもそのような「研究成果を詳しく説明する」報道がなかったわけではありません。

少ないながらも、探せばいくつかありました。

低俗な報道を嘆くのではなく、自ら必要な情報を取りに行く人が増えれは、そのようないい報道が増えてくるのではないでしょうか?

最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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