最初に撮った写真が一番良い理由

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(家の近くの公園での写真)

「これは!」という景色に出くわすと反射的にシャッターを押す。

そのあと一息ついて、絞り値や露出補正なんかのカメラの設定を変えたり、近くに寄ったり後ろに下がったり立ち位置を変えて数回シャッターを押す。

なので、気に入った景色だと5枚から10枚、特に気に入った景色だと数十枚の写真を撮ることになる。

フィルムの時代だともったいない撮影方法だけど、デジタルだとなんの心配もなくバシバシと撮れる。

ところが、家に帰って写真をパソコンで見ると、カメラの設定や立ち位置を工夫して撮った写真より、最初に撮った写真が一番良いということがよくある。

というか、ほとんどの場合、最初に撮った写真が一番面白い。

なんでだろうなぁと常々思っていたけれど、あるブログの記事を読んでその答えにちょっと近づくことができた。

その記事はこちらなんだけど、

すべての風景に、意味が立ち上がってくるよりも速いスピードで立ち向かうのだ | アパートメント
ポイントを引用すると

何か引っかかるものがあってカメラを向ける。その時点ではシャッターを押す行為は脳内の言語化作業と競争状態にある。まだ頭でよくわかっていない状態で、認識前のスキャン情報だけに感応していることになります。ところが2回目のシャッターは、もうすでに「整理」の事後になるわけです。今まで脳内に蓄積された自分の美意識的なものの干渉を受ける。
何が面白くて写真を撮っているのかというと、この「美意識の干渉」を受ける前の、言語化以前の自分の感応を掬い上げられるのが、写真というものの特性だと思うからです。

簡単に言うと、最初に撮った1枚は「無意識の状態で撮った写真」だけど、2枚目以降は「意識して撮った写真」だということ。

その「無意識の状態で撮った写真」は、経験や知識などの影響を受けていないので面白い、ということだ。

誰でも簡単に動画が撮影できるこの時代に、写真というものが残っているのは、その手軽さだけではなく、「無意識の面白さ」が映るからかもしれないね。

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