写真は被写体そのものを撮るのではないのです

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写真を大胆に二分割すると「記録としての写真」と「作品としての写真」がある。

「記録としての写真」は普通に撮られている写真で、遠足や運動会ときの写真、旅行やイベントのときの写真、親が撮るこどもの写真などがこれにあたる。

「記録としての写真」は、写真に写っている人たち、あるいはその人に関わりがある人たちが見て楽しむものなので、写っている人が誰から見てもその人だとわかるように、あるいは写真を撮った場所がどこであるかがわかるように撮らなければならない。

つまり「記録としての写真」に求められていることは、被写体を正確に撮るということで、独創的なアングルや幻想的な色使いや過度なボケは求められていない。

一方、「作品としての写真」というのは、写真展に出展したりコンテストに応募したり写真集に仕立てたりすることを目的に撮られる写真のことだ。

「作品としての写真」は、写真家(アマチュア写真家を含め)が自分の中にある「なにか」を表現するために撮られる。

写真家はその「なにか」を伝えるために、さまざまなことを考え、さまざまな工夫をこらして写真を撮る。

「写真は被写体そのものを撮るのではない」というのは、写真家が表現したい「なにか」を直接写真におさめずに、写真を見る人にその「なにか」を感じてもらう写真のテクニックのこと。

「作品としての写真」で評価が高いものは、風景写真など必ずしもそうでないものもあるが、一般的にはこのテクニックが使われていることが多いようだ。

深く考えると難しいが、まず手始めに、写真を見る人がその写真にどのようなイメージを抱くかを考えて写真を撮るように心がけたい。

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