メールを書くようにブログを書くということ

例のごとく出典がわからないのですが、少し前に目にした「メールを書くようにブログを書く」という言葉が胸に響いたので、そのことについて書きたいと思います。

人に伝わる文章を書くテクニックのひとつに、文章の読み手を決めて書くというものがあります。

万人に向けて書いた文章より、「特定の人」に向けて書いた文章の方が結果的に多くの人に伝わるのです。

「特定の人」というのは、友人や知人などの実在する人物でも、仮想の人物でもかまいませんが、仮想の人物の場合はできるだけ具体的にその特性を絞り込んだほうがいいと言われています。

「30歳代の男性」という想定ではなく「会社員で競馬が趣味の35歳の独身男性」ぐらいに落とし込んだほうがいいということです。

*「会社員で競馬が趣味の35歳の独身男性」という言葉には意味はありませんよ。

この読み手を特定して文章を書くというテクニックは基本的なものなので、文章術の本を1冊でも手に取れば必ず書いてあります。

しかし基本的なテクニックであっても、「特定の人」を想定して文章を書くというのは、僕にとって難しいことなのです。

頭ではわかっていますが、うまく対応できていません。

文章を書き始めるときは読者として「特定の人」を想定していても、書き進めるうちに「特定の人」の輪郭がだんだんとぼやけてきて、最後には誰を想定して書いているのか、わからなくなってしまうことがよくあります。

またそのようなことが続くと、「特定の人」を想定することそのものが無意味に思えてきて、想定せずに書くことも多くなってきます。

負のスパイラルです。

それは読者として想定している人が実在の人物ではなく、仮想の人だからかもしれませんが、実在の人物に向けて文章を書くのは少し苦手なのです。

文章を書いている間ずっとその人のことを考えていると、どうしても照れてしまうのです。

それが女性であっても男性であっても。

夜の遅い時間に一人でパソコンに向かい、照れながらキーボードをたたくというのは少し空しいですよね?

なので文章を書くときは仮想の人を想定するのです。

仮想の人なら、ずっとその人のことを考え続けても照れることはありません。

自分が作り出した仮想の人に照るれのは少しヤバいです。

そんな僕の胸に響いたのが「メールを書くようにブログを書く」という言葉です。

メールを書くようにブログを書くと、書き進めても読み手の輪郭がぼやけてしまうことがありません。

それが仮想の人であっても。

どうして輪郭がぼやけてこないのかと考えると、それはメールというものは特定の人に何かを伝えるために書くものだ、ということが体に染みついているからかもしれません。

「文章を書くときは読み手を決めて書く」も「メールを書くようにブログを書く」も同じことなのですが、言い換えることで意識の持ち方が変わるのでしょう。

ではこの投稿は誰に向けた文章かと言いますと、それは「メールを書くようにブログを書く」という言葉をまだ知らない過去の自分に向けた文章なのです。

*「過去の自分は実在の人物ではないか」という突っ込みは却下します。

今回の投稿は自分に向けて書いた文章なので、僕以外の誰の胸に響かなくてもいいのです。(うそです)

ではまた。

(おまけ)
文章術についての本はこちらで紹介しています。
初めての文章術 | いそちゅうの雑録ブログ

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